
遥か昔、 紀元前から伝わる 美と健康の水を追い求めて……
ミネラルウォーターが生まれる街「ヴィシー」
フランス中部のオーベルニュ地方、その北に位置する街「ヴィシー」。ヴィシーは、2000年以上も昔から水の都として知られています。紀元前から王侯貴族たちのスパリゾートとして人気を集め、今でも川と緑に囲まれた美しい景観を誇っています。現在では、スパのほか、ゴルフやヨット、競馬、カジノなどを楽しむ人々が数多く訪れています。
というのも、オーベルニュ地方の大部分は標高500〜1000mの山脈からなる火山地帯。過去の火山活動によってできた湖や渓谷が数多くあり、14もの温泉や冷泉の源泉が湧き出ているのです。
また、この街に湧き出るミネラルウォーター、ヴィシーセレスタンの源泉には、誰でも気軽に飲むことができるよう蛇口がとりつけられ、ペットボトルや瓶を片手に多くの人が水を汲みに訪れています。さらに、街にはスパリゾートだけでなく、水の力を利用した医療を受けられる施設も整っており、まさに水の都の名にふさわしい場所となっています。
ヴィシーから生まれるミネラルウォーターに秘められた美と健康をサポートする不思議な力は、私たちが生まれる遥か昔から伝え続けられているのです。

人々に愛され続ける水の歴史
今でもスパリゾートとして多くの人が訪れるヴィシー。なんと紀元前50年ごろから、すでに温泉療養地として広く知れ渡っていたようです。その後も、いく人もの歴史上の著名な人物がヴィシーの水を賞賛しています。
まず15世紀には、ブルボン家の王ルイ2世がヴィシーの水質を賞賛し、源泉の上の岩場にセレスタン修道院を設立しました。この修道院の名前をとって、ミネラルウォーターとしても商品化されているヴィシーセレスタンが生まれました。
17世紀には、書簡文学者であるセヴィニエ夫人が療養のためにヴィシーに滞在し、滞在中の生活が彼女の書簡にも残されています。
さらに、ヴィシーセレスタンの名を最も世間に浸透させたのが、皇帝ナポレオン3世です。1861年、皇帝とその宮廷人はヴィシーに専用の湯治場を作り、源泉のあるホールを中心にオペラハウスやカジノなども建設しました。同年、皇帝ナポレオン3世は、ヴィシーセレスタンの水を勅令により公益の水と宣言したのです。
また、1800年代後半から作られている『ヴィシーセレスタン』の1901年のポスターには、日本人や中国人、インド人と思われる人々が描かれており、すでにその頃から世界各国からヴィシーの街へ人々が訪れ、その水が愛されていたことが分かります。
水を利用した医療「テルマリズム」

フランスの国内には104カ所のテルマリズムセンターがあります。「テルマリズム」とは、ミネラルウォーター(鉱泉水)を用いて病気の治療を行う医療行為のことで健康保険や社会保険も適応されます。
テルマリズムセンターには、シャワー、バス、ジャグジー、ジェットバスなどの水治療、プールやエクササイズ、マッサージや食事療法などと合わせて、専門医によるカウンセリングをもとにさまざまな治療が行われています。
ヴィシーの街にも、宿泊施設を備えた3つのテルマリズムセンターがあり、長期療養に訪れる人も多いようです。
水に隠された神秘の力
ヴィシーセレスタンは、火山の地層を1万5000年もの長い時をかけて通過してきた天然微炭酸水。豊富な重炭酸塩や、ナトリウム、マグネシウム、カルシウムなどバランスのよいミネラル成分を含んでいます。
また、フランスでは“輝ける肌(レクラ・デュ・タン)の源”ともいわれ、古くからフランスの女性たちに愛されているのです。
アメリカンファーマシーが提唱するライフスタイル
日本でミネラルウォーターを誰もが買い求めるようになったのは、水の長い歴史から比べると、つい最近のことといえるでしょう。水が豊富な日本にとっては、“水”のありがたみや重要性を改めて考えたり、そのおいしさを追求する必要はなかったのかもしれません。
しかし、水は生命の源といわれるように、その水質によっても健康や美は左右されてしまいます。現在では数多くのミネラルウォーターが巷にあふれるようになりましたが、種類も価格も品質もさまざまです。そのなかから、本当に私たちの体に効果的に働いてくれるものを見つけることは、なかなか難しいものです。
例えば、店頭にさりげなく置かれているミネラルウォーター『ヴィシーセレスタン』は、遥か昔から人々に愛され続けてきました。その水が愛されてきたことには深い理由があり、その想いも一緒に商品に込められています。アメリカンファーマシーでは、このような私たち人間の体が健康で美しくあり続けるための商品を探し続け、皆様にお届けしているのです。